夏目漱石の名文
夏目漱石の作品から、よく知られた一節を集めました。
70件
子規の画
東菊によって代表された子規の画は、拙くてかつ真面目である。
漱石が亡友子規の描いた東菊の画を評した随筆『子規の画』の一節。筆の立つ子規が絵では堅くなる様子を、親しみをこめて語る。
子規は人間として、また文学者として、最も「拙」の欠乏した男であった。
生前の子規に「拙」を見たことがなかった漱石が、一輪の東菊の画に初めてそれを認める。亡友への情愛がにじむ一文。
自転車日記
ああ悲いかなこの自転車事件たるや、余はついに婆さんの命に従って自転車に乗るべく否自転車より落るべく「ラヴェンダー・ヒル」へと参らざるべからざる不運に際会せり
ロンドン留学中の漱石が下宿の婆さんに自転車を勧められた顛末。「乗るべく否落るべく」と大仰な漢文調で自嘲する諧謔が楽しい。
吾輩は猫である
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
日本文学で最も有名な書き出しの一つ。名も無き猫の視点から人間社会を眺める本作の趣向が、この短い二文に凝縮されている。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
冒頭に続く一節。出自も名前も持たない猫の来歴が、飄々とした語り口で始まる。
吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。
ビールに酔った猫が水甕に落ち、力尽きていく最期の場面。飄々と続いた長編を、静かな諦念と念仏で閉じる結び。
呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。
最終章、苦沙弥の家に集った客たちが帰ったあとの猫の述懐。滑稽な人々の奥にひそむ寂しさを言い当てて、猫の死で終わる結末の哀感を準備する。
倫敦塔
憂の国に行かんとするものはこの門を潜れ。 永劫の呵責に遭わんとするものはこの門をくぐれ。 迷惑の人と伍せんとするものはこの門をくぐれ。 正義は高き主を動かし、神威は、最上智は、最初愛は、われを作る。 我が前に物なしただ無窮あり我は無窮に忍ぶものなり。 この門を過ぎんとするものはいっさいの望を捨てよ。
ロンドン塔の門をくぐった「余」の胸に浮かぶ、ダンテ『神曲』地獄篇の門の銘。留学中の漱石が訪れた塔を、血塗られた歴史への入口として幻想的に描く。
趣味の遺伝
陽気のせいで神も気違になる。「人を屠りて餓えたる犬を救え」と雲の裡より叫ぶ声が、逆しまに日本海を撼かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応えて百里に余る一大屠場を朔北の野に開いた。
夏目漱石『趣味の遺伝』(1906年)の書き出し。日露戦争の戦場を、狂った神が血を求める幻想として描き出す。漢語を連ねた雄弁な文体で始まり、やがて戦死した友の墓に詣でる女の謎へと話が移っていく。
坊っちゃん
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
「親譲りの無鉄砲」と自らを語り出す、日本一名高い書き出しの一つ。江戸っ子気質の主人公が一息に立ち上がる。
だから清の墓は小日向の養源寺にある。
最後の一行。江戸っ子の啖呵で押し通してきた語りが、下女の清への情だけを静かに残して閉じられる。
「あなたは真っ直でよいご気性だ」
家族に疎まれる幼い「おれ」を、下女の清がほめる言葉。誰にも認められない主人公をまっすぐに信じる清の愛情が、作品を貫く温かさとなる。
小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
冒頭の「親譲りの無鉄砲」に続く逸話。からかわれて二階から飛び降りる向こう見ずな少年時代が、坊っちゃんの一本気な人柄を一息に語る。
草枕
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
冒頭、山路を登る画工の独白。人の世の生きにくさを畳みかける対句で述べた、漱石屈指の名調子。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
冒頭の名調子に続く一節。住みにくい世をわずかでもくつろげるものにするために芸術があるという、本作の主題を述べる。
山路を登りながら、こう考えた。
日本近代文学で最も知られた書き出しの一つ。この短い一文に続いて、「智に働けば角が立つ」で始まる画工の思索が流れ出す。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
冒頭の思索の続き。住みにくい世の中を作ったのは特別な存在ではなく身近な普通の人々だと言い切り、だからこそ逃げ場はないという諦観へ進む。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。
冒頭で語られる芸術論の核心。逃げ出せない世の中を少しでも住みよくするところに、詩人や画家の役目があると説く。
二十世紀に睡眠が必要ならば、二十世紀にこの出世間的の詩味は大切である。
利害損得を離れた東洋の詩歌の境地を称える一節。忙しい近代にこそ、世俗を超えた詩の味わいが眠りのように必要だと説く。
「それだ! それだ! それが出れば画になりますよ」
結末で、満洲へ向かう別れた夫を乗せた汽車を見送る那美さんの顔に「憐れ」が浮かんだ瞬間、画工が叫ぶ言葉。探し求めてきた画の完成を告げて、物語は閉じられる。
虞美人草
真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。やっつける意味だよ。やっつけなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。
終盤、宗近一が迷う小野に翻意を迫る場面の説諭。誠実に生きるとは何かを畳みかける、本作で最も広く引かれる言葉。
悲劇は喜劇より偉大である。
結末に置かれた甲野欽吾の日記の書き出し。藤尾の死を受けて作品全体の主題を宣言する評言として名高い。
死を忘るるものは贅沢になる。
同じ日記の一節。死を忘れた生の驕りがやがて道義を踏みにじるに至ると説く、藤尾の悲劇を貫く人生観。
「随分遠いね。元来どこから登るのだ」
甲野さんと宗近君が比叡山を登る場面から始まる書き出し。対照的な二人の青年の会話から、藤尾をめぐる人間模様が幕を開ける。
紅を弥生に包む昼酣なるに、春を抽んずる紫の濃き一点を、天地の眠れるなかに、鮮やかに滴たらしたるがごとき女である。
ヒロイン藤尾の登場を描く一節。漢語を連ねた華麗な美文で、紫の色に託して誇り高く妖艶な女性像を描き出す、本作の文体を象徴する箇所。
蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存のうちに無聊をかこつ。
博覧会の賑わいを描く第十一章の冒頭に置かれた文明批評。新しさに群がる人々と、忙しさのなかで退屈に苦しむ近代人の姿を、対句で鋭く言い当てる。
「ここでは喜劇ばかり流行る」
作品の最後の一行。甲野さんの日記「悲劇は喜劇より偉大である」に、ロンドンの宗近君が返した言葉で、悲劇を忘れがちな世の中への皮肉を残して幕を閉じる。
坑夫
涙がこぼれるほどだと譬に云うが、涙が出るくらいなら安心なものだ。涙が出るうちは笑う事も出来るにきまってる。
家出して坑夫になりかけた青年が、当時の追いつめられた心境を振り返る一節。泣けるうちはまだ余裕があるという、苦境の底を知る者の逆説。
文鳥
十月早稲田に移る。伽藍のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥を御飼いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ですと云う返事であった。
夏目漱石『文鳥』(1908年)の書き出し。早稲田の新居で、門下の鈴木三重吉に勧められるまま文鳥を飼うことになる。気乗りしない受け答えのとぼけた味わいから、小さな命を見つめる静かな小品が始まる。
夢十夜
こんな夢を見た。
十の夜のそれぞれを起こす短い一句。理由も説明も与えないまま読者を夢の論理へ引き入れる、漱石の実験的連作を象徴する書き出し。
「百年待っていて下さい」
第一夜、死にゆく女が残す約束。この一言があるために、百年の後に白百合が咲く結末が夢の論理のまま静かに成立する。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。
第一夜の結び。女の墓の傍らで待ち続けた「自分」が、咲いた白い百合に口づけした瞬間、約束の百年がすでに過ぎていたことを悟る。
ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。
第六夜の結び。明治の世に仁王を刻む運慶を見た「自分」が、自ら木を彫ってみて悟る言葉で、近代日本への苦い批評がにじむ。
三四郎
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、 「滅びるね」と言った。
上京の汽車で乗り合わせた男(広田先生)の一言。日露戦争後の高揚に水を差すこの三文字が、青年三四郎の前途にも作品全体にも影を落とす。
その時も一人ではなかった。迷羊。迷羊。雲が羊の形をしている。
美禰子の結婚を知る終盤で繰り返される一語。「迷羊」はストレイ・シープの訳で、行き先を決めかねる三四郎自身を指す。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
上京する汽車で乗り合わせた広田先生の言葉。これを聞いた三四郎は、熊本にいた頃の自分の狭さを悟り、本当に故郷を出た心持ちになる。
かあいそうだたほれたってことよ
英語の句“Pity's akin to love”を与次郎が訳してみせた言葉。広田先生には下劣と叱られるが、美禰子への三四郎の思いに重なる訳句として知られる。
「我はわが愆を知る。わが罪は常にわが前にあり」
別れ際に美禰子が口にする旧約聖書「詩篇」の一節。三四郎への思いと自分の選択を、罪の告白に託してかすかに打ち明ける場面として名高い。
それから
誰か慌ただしく門前を馳けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎下駄が空から、ぶら下っていた。
目覚めぎわの意識から書き起こす書き出し。働かずに暮らす代助が、友の妻への思いへと踏み出していく長編の幕開け。
代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した。
最後の一行。職を探しに出た代助の目に世界のすべてが赤く映る、近代小説でも名高い結末。
僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。
代助が三千代に思いを打ち明ける場面。甘い言葉を用いず、簡素で厳粛な調子で語られるこの告白が、代助を社会から切り離す決断となる。
「ああ動く。世の中が動く」
結末近く、職を探しに飛び出した代助が電車の中で口にする言葉。赤い色が次々と頭に飛び込んでくる、狂気に近い有名な終幕の始まり。
満韓ところどころ
南満鉄道会社っていったい何をするんだいと真面目に聞いたら、満鉄の総裁も少し呆れた顔をして、御前もよっぽど馬鹿だなあと云った。
『満韓ところどころ』の書き出し。旧友の満鉄総裁・是公との気安いやりとりから旅が始まり、紀行全体の飄々とした調子を予告する。
門
宗助は先刻から縁側へ坐蒲団を持ち出して、日当りの好さそうな所へ気楽に胡坐をかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和の縁側から静かに始まる書き出し。過去を背負って世間の隅で暮らす夫婦の日常が、この平穏な一齣に凝縮されている。
彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。
参禅を諦めて山を下りる宗助を評した一節。救いにも達せず日常にも戻れない位置を、題名の「門」に重ねて言い当てる。
すべての創口を癒合するものは時日である
宗助が自らの経験から胸に刻んできた格言。安井の消息を耳にして、時が癒やしたはずの過去の傷が再び開く場面で引かれる。
「本当にありがたいわね。ようやくの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉を張った。宗助は縁に出て長く延びた爪を剪りながら、 「うん、しかしまたじき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。
作品の結末。春の訪れを喜ぶ御米と、またすぐ冬が来ると答える宗助。何も解決したわけではない夫婦の不安な日常を、静かな会話で閉じる。
思い出す事など
有る程の菊抛げ入れよ棺の中
修善寺での大患の後、病床で大塚楠緒子の訃報に接して詠んだ手向けの句。棺にありったけの菊を投げ入れよという激しい言葉に、悼む心の強さがこもる。
現代日本の開化
西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。
和歌山で行われた講演の中心となる対比。内から自然に開く西洋の開化と、外からの力で形を取らされた日本の開化とを分けて論じる。
これを一言にして云えば現代日本の開化は皮相上滑りの開化であると云う事に帰着するのである。
講演の結論として広く引かれる一文。急速な近代化を「上滑り」と言い切りながら、それをやめよとは言わず、避けられない現実として見据える。
道楽と職業
職業というものは要するに人のためにするものだという事に、どうしても根本義を置かなければなりません。
漱石の講演『道楽と職業』の結論部。職業は他人本位、道楽は自己本位という対比を、講演らしい平明な語り口でまとめている。
ことに芸術家で己の無い芸術家は蝉の脱殻同然で、ほとんど役に立たない。
芸術家は自己本位でなければ成り立たないと語る一節。「蝉の脱殻」のたとえが鮮やかで、作家としての漱石自身の覚悟もにじむ。
彼岸過迄
僕は自分と千代子を比較するごとに、必ず恐れない女と恐れる男という言葉をくり返したくなる。
「須永の話」で、須永が従妹の千代子と自分とを比べて語る言葉。ためらわずに行動する女と、考えすぎて踏み出せない男という対比に、後期の漱石が追い続けた主題がのぞく。
行人
「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない」
友人Hさんの長い手紙に記された、一郎の苦悩の告白。自我の孤独に追いつめられた知識人の行き場のなさを、三つの道の提示で示す名高い一節。
こころ
私はその人を常に先生と呼んでいた。
「先生」と呼ぶ人への追想から静かに語り起こす書き出し。人間の孤独とエゴイズムを見つめた、漱石後期を代表する長編を貫く調子。
私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」といい放ちました。これは二人で房州を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。
恋敵となったKへ、彼自身の言葉をそのまま投げ返す場面。この一言が友を追い詰め、「先生」の生涯の負い目となる。
「奥さん、お嬢さんを私に下さい」
先生が下宿の奥さんに結婚を申し込む場面。同じ人を思うKに何も告げずに発したこの一言が、友の死と生涯の悔恨を呼び寄せる。
その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。
明治天皇の崩御を受けた先生の述懐。続く乃木大将の殉死の報とともに、自らの死を一つの時代の終わりへ重ねていく。
「私は淋しい人間です」
「私」がなぜ足繁く訪ねてくるのかを問うたあとに、先生がふと漏らす言葉。人を遠ざけながら人を求める先生の孤独が、この短い告白ににじむ。
しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか
花見の帰り道、恋について語る先生の謎めいた一言。のちに遺書で明かされる親友Kとの過去が、この言葉の重さを裏づけることになる。
自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう
先生が近代人の宿命として孤独を語る一節。個人の自由と引き換えに生まれた淋しさという、作品全体を貫く問いがここに言い表されている。
平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。
世の中に悪人はいるのかという話に、先生が答える言葉。叔父に財産を欺かれた経験と、のちに自らが犯す裏切りの両方を予告するように響く。
もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう
Kが遺書の最後に書き添えた文句。先生を責める言葉が一つもない遺書のなかで、この一行だけが先生の心に消えない傷を残す。
私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか
過去を話してほしいと迫る「私」に、先生が問い返す場面。人を疑い続けてきた先生が、ただ一人信じる相手として「私」を選び、のちの遺書へとつながる。
私の個人主義
私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。
学習院での講演の一節。西洋の尺度で文学を測って行き詰まった漱石が、留学中の煩悶の末につかんだ「自己本位」を語る。近代日本の個人主義を説いた講演の核心にあたる。
第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。
講演の論旨を三カ条にまとめる箇所の第一条。自己を確立することと他者を尊重することを一つに結び、漱石のいう個人主義を利己主義から分かつ言葉。
硝子戸の中
硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、赤い実の結った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線に入って来ない。
晩年の随筆の書き出し。病後の書斎から硝子戸越しに眺める狭く単調な景色を起点に、記憶や身辺の出来事を静かにたどる筆が始まる。
道草
世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ
作品の結末で、養父との縁が片付いたと安心する細君に健三が返す言葉。漱石自身の体験を下敷きにした自伝的小説の、苦い人生観がこの一言に集約される。
明暗
医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を下した。
漱石の絶筆となった未完の長編の書き出し。痔の診察という生々しい場面から始まり、身体の不安と人の心の測りがたさとを重ねて描く物語が開かれる。
この肉体はいつ何時どんな変に会わないとも限らない。それどころか、今現にどんな変がこの肉体のうちに起りつつあるかも知れない。そうして自分は全く知らずにいる。恐ろしい事だ
診察を終えた津田が、混み合う電車の中で考える一節。この直後に「精神界も全く同じ事だ」と続き、肉体の変調への不安が、人の心の移ろいへの恐れへとつながっていく。